小河内氏関連の史跡写真  

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@ 牛頭山
  
(うしずやま)
  (牛頭山城跡)
遠方中央の山が 「牛頭山」。
(牛頭山城跡:
小河内氏の居城跡)
A 茶臼ケ城跡と
  明見谷

 (ちゃうすがじょう
 あととみょうけんだに)
小河内氏は代々牛頭山城を本拠としたが、明見谷に繋がる小山に城館が構えられたと伝わっている。
B 安楽寺
  (あんらくじ)
富樫又左衛門が牛頭城を築く時、随伴してきた座元禅師が谷川内に開基、その後、三根に移り、現在地に移された。奥がが 「安楽寺」 手前が 「西福寺」 C西福寺
  (さいふくじ)
小河内氏の菩提寺。 「小河内弥太郎」 は謀にあい、この寺で切腹、斬首。非業の最期をとげた。1593年本堂、坊舎など焼失、明治に現在の一宇が建てられた
D殿城霊神社
  (とのんじょう
   れいじんじゃ)
「小河内弥太郎」 が祀られている神社 E養山八幡神社
 (ようざんはちまん
   じんじゃ)
生前 「小河内弥太郎」 の思いであった高野神社の移設を、後に村民が養山に新築移転した神社
F小河内弥太郎
  の墓
  <正面写真>
「殿城霊神社」 の裏手にある G小河内弥太郎
の墓
<背面写真>
「墓標として塚に”松”」 が植えられた。写真の墓石以外にも五輪塔や墓が散在している。
H殿之城跡
  (藤之城跡)
「殿城霊神社」から約300m登った所にある。                                     
小河内弥太郎が 「兄より高い牛頭山城に居ては義理がたたない」 と低山の 「殿之城(藤之城)」 を築城し居城した。  
  〜 同場所の探訪が叶わず、写真撮影していません〜 
                                                                   photo 2011,7,9                                            
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