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津久根島について

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津久根島について

津久根島は五日市沖にある島で「あまんじゃくと道空」が伝わっています。



あまんじゃくと道空

 むかしむかし海老山の西側に、湯蓋道空・道西という漁師の夫婦がいた。家の側に湯が湧き出る所があるので姓を湯蓋としたといわれている。
 日ごろ、厳島明神を敬い日ごとに捕れた魚をお供えしていたが、その真心が通じたのであろう。ある日、漁に出ると道空夫婦の船は金の砂の上をいく。不思議に思いながらその砂を船にくみ入れると、間違いもなく金だったので、大金持になることができた。信心深く心の優しいニ人は誰からも敬われた。
 夫婦の間に目に入れても痛くないほどかわいがった道裕という子がいた。道裕は両親とちがい大変な変わり者だった。道空さんが、「今日はうみゃあ静かなのう。舟を出して魚を釣ろうや。」というと、道裕は、「わしゃあ、山にいって鳥を射った方がええ。」と、身支度し弓矢を持って山に向う。道空さんが「道裕や、山へいって薪う拾うて来てくれんかい。」というと、道裕は、「わしゃあ、ちょっくら貝を掘って来う。」とさっさと、海にいってしもうた。
 道裕はこんな調子で、何をするにも反対しないと気がすまない。里の人々はこうした道裕を「あまんじゃく」とあだ名を付けて呼んだ。
 ところが父の道空さんが年をとり病気で死ぬ前のことである。息子の道裕を枕元に呼んで、「わしが死んだらのう、あの海の中にある津久根島へ墓を立てて葬っておくれ。これがわしの最後のお願じゃ。」と、いいのこした。
 道空さんの本心は、海老山に墓を建ててほしいと思ったのだが、親の反対ばかりして来た子であるから、海の中の島といえば反対に山に葬るだろうと考えたからである。ところが父の遺言を聞いた道裕は、「自分は今まで親にさかろうてばかりおったが、せめてお父っあんの最後の願いだけは聞き届けて差し上げんにゃあいけまあ。」と思い、父のなきがらを船にのせ津久根島に渡り、手厚く葬って墓を建てた。その墓はある年の暴風雨で海中にころがり落ちた。 すると近くの海ではすっかり魚が捕れなくなった。人々は遺族の人と相談して新しい墓を津久根島に建てた。するともとどおり魚がたくさん捕れるようになった。
 今でも、親のいうことに反対する子を「あまんじゃく」と呼んでいる。
五日市町誌 下巻 より

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