極楽寺山の傾斜地に開けた観音村は、その斜面に階段のように田を造り、米づくりをしてきた。人の手で一つ一つ石を積み上げ造った田んぼの重なりには、当時の人々の汗と願いがこもっている。 今は、宅地化が進み、この棚田もだんだんと消えていっている。